オバマ前大統領が最後のスピーチをするためシカゴを訪れた1月17日、CMEグループの取引フロアで、古く からの友人で現在は市場専門番組のCNBCのリポーターを務めるリック・サンテリと話をした。その際、彼のう れしそうな顔を見てはっとした。金利(債券)の専門家のリックも、番組ではずっと株には強気。トランプ勝利 後は完全に浮かれた株式市場だが、リックほどの経験豊富なプロの相場関係者がなぜこのユーフォリアを否定し ないか。その時、その答えがわかった。
◇有頂天な共和党関係者
そもそもリックを一躍有名にしたのは2010年のティーパーティー宣言だ。当時、リーマン・ショック後にオバマ政 権が繰り出した社会主義的政策(金融規制改革とオバマケア)に業を煮やしたリックは、テレビ番組の中で、 植民地時代、本国英国の圧制に立ち上がるきっかけになったボストン茶会事件の再現を宣言し。これをきっか けに共和党のティーパーティー系が勢いを増し、10年の中間選挙で民主党は下院の主導権を失った。
ただリックは 本来、ティーパーティー系のテッド・クルーズ派だった。番組内でも、今もそれほどトランプ好きの様子は見せてい ない。でもそのリックが喜びを隠さないのは、これでやっと大嫌いなオバマが大統領の椅子から去るからだった。
個人的にはトランプ勝利の可能性、その場合の金利上昇と、 中長期での株の上昇をいろいろな機会に発信してきた。しかし 今の株式市場の強気には賛同できない。理由はリックを含め、 周りの共和党関係者が有頂天であることが丸見えだからだ。
リックと自分の違いははっきりしている。彼はずっとオバマが嫌い だった。逆に私はオバマが嫌いではない。量的緩和政策やオバマ ケアなどの政策は賛同できないが、日本人としての中立的視点 でオバマ政権を見てきた。オバマはできる限りのことはした。就任 時の“チェンジ”の目標に対し、支持者にとっては結果は不十分 だったが、支持者はオバマの努力を認めている。
一方でリックたち 生粋の共和党関係者には、立場上、口には出さなくとも、心の 底では、「自分より若く、自分より優秀で、自分より高い理想を 掲げ、そして白人ではないオバマという存在からの開放感」が押さ えきれない。それが今のユーフォリアの源泉だと確信できた。
◇トランプはレーガンではない
この共和党の“有頂天”は、米国の歴史からはあってはならない心理的バブルだ。オバマの最終スピー チを聞くため、世界最大のコンベンションセンター、シカゴのマコーミックセンターを埋め尽くした聴衆。彼らは何が あっても今のトランプを受け入れない。それほどまでこの国は分裂した。もしこのまま米国民に共通の目標が見い だせないならこの国はどうなるのか。 ロナルド・レーガンを受け入れた民主党(レーガンデモクラッツ)、ビル・クリントンを受け入れた共和党は、ともに米国が頂点を極める前の上り坂のハイライトだった。
もともと政治では常に内戦状態の米国だが、著名投資家ウォーレン・バ フェットの言う「ゴルフでの左右のOB」を繰り返しながら、頂点に向かって 歩んできた。それが可能だったのは、国家が団結しなければならない旧ソ 連という敵の存在があったからだ。その8合目でレーガンが登場、彼の活 躍で冷戦が終わると、ビル・クリントン時代に米国は頂点を迎えた。ところ が、ジョージ・W・ブッシュ時代から下降が始まり、オバマの8年で再び8合 目まで下がった印象だ。
そこで登場したトランプは、米国が戦後築いた国際協調体制の「デフ ォルト」を一方的に宣言した。もちろん彼特有の駆け引きの部分もある。 だがグローバル化を推進めたクリントン時代、その中心にいたリベラルエリ ートは、ヒラリー・クリントンが大敗北をした今もトランプの言動は許せな い。
彼らはいまだにトランプの正当性に関して、ヒラリーが300万票上回っ たことを強調する。でもそれはワールドシリーズでインデイアンズがカブスを7 試合の総得点では上回っていたという怨嗟(えんさ)と同じ。予備選 で、オバマの後継者としてのバイデン副大統領や、ミレニアルが期待した サンダースを恣意(しい)的に退け、結果的に一番弱い候補ヒラリーの圧勝を妄信した民主党エリート層はそ の戦略的自滅を認めていない。
興味深いのは、選挙中にヒラリー勝利を前提にしていたウォール街や大多数のヘッジファンドが、今はこぞって トランプ政権の可能性を前提に株式市場では強気に転じたこと。彼らは自分たちが住む大都会の感覚でヒラリ ー勝利を予想し、間違えた。マネーマネジャーとしては、この見込み違いをトランプの政策への期待で取り返そう としているのだろう。
今のところ株価は上がり、日本のニュースでも「皆トランプを嫌っていたが、今はトランプで良 かった」と初老の紳士がコメントしていた。しかしプロとして言うと「相場には、野村監督の名言である『勝ちに不 思議な勝ちあり』」はない。 トランプはレーガンではない。レーガンは東西の壁を壊したが、トランプは壁を造る人。レーガンの就任時、金 利は10%を越えていた。ところが今は超低金利時代が終わろうとしている。そしてレーガンの頃の財政赤字は 国内総生産(GDP)の40%程度だったが今は約100%。この状況では戦争でも起きない限り、共和党 保守派が、トランプの財政拡大に賛同する可能性はほとんどない。
◇中国の為替操作国認定が試金石
ではトランプはG・W・ブッシュのように戦争を起こす人か。トランプの目下の敵は、経済分野での中国。ここ ではリチャード・ニクソンを参考にしながらアプローチを変えている。ニクソンの時代の最大の敵は旧ソ連で、中国 はその次だった。ニクソンは旧ソ連を追い込むため中国に近づいた。今のトランプはその逆。中国を追い込むため にプーチンに近づいている。しかしその最終目的は中国から有利な「デイール」(妥協)を得ること。
ただこのス トラテジーでは、米国内でプーチンを悪者にしたい穏健派と強硬派の両方から突き上げが激しくなる。トランプ は先日の記者会見で、米国の大統領がロシアのプーチン大統領と親密なのは、“負債”ではなく“財産”だと力 説した。しかしケネディの例をみるまでもなく、米中央情報局(CIA)などの左翼系インテリジェンスを敵にし たリスクは大きい。
いずれにしても、就任後最初の注目は中国に対し、為替操作国(Currency manipulator)認定をす るかどうか。当初は就任初日に宣言するとしていたが、財務長官のムニューチン氏の議会承認も未定で、いった ん取り下げた。だがいずれ認定すれば、1994年のクリントン以来となる。
これは環太平洋連携協定(TP P)よりも重要だ。なぜならTPPではもはや相場は動かないが、当時とは比較にならない国力になった今の 中国に対して宣戦布告をすれば、報復を含め、金融市場はどんな展開になるか分からない。あの水と油のブッ シュ政権とオバマ政権でさえ、議会が中国への制裁を要望する中で財務省が宣言だけは避けてきたのは、その 不測の事態を懸念してのことだ。しかしそういう常識がトランプに通用するかどうか。まずは最初の試金石だ。
◇相場はどうなる、農業は国防産業に
いずれにしても、トランプはこれまでの常識を壊す人である。ところが、金融市場の期待は、トランプが新時代 を築く人であるかのような勘違いをしている。それは西郷隆盛や、ロベスピエールが新時代の英雄になることを織 り込むようなもの。はっきり言って不可能だろう。
ここから少し相場の専門的な話になるが、米国の著名な投資家にジェレミー・グランサムと言う人がいる。同 じ年齢層で日本人にもなじみのジム・ロジャースより、米国では尊敬されている。理由は、ジム・ロジャースがあま りにも過去の名声を使ったポジショントークで飽きられているのに対し、グランサムは一貫して主義主張を変えな いからだ。
結果、2000年と08年には株式相場の下落を当てながら、その前後で彼のファンドからは資金流出 が激しくなった。そして今、再び市場に弱気になった彼のファンドから資金流出という同じ現象が始まった。
二度あることは三度あるのか。今度ばかりはグランサムも外れるのか。個人的な答えはイエス&ノー。なぜなら、 まず「カネ余り」の規模が2000年と08年とは違う。今は膨大なマネーが待機している。その過剰流動性の規 模は、ドットコム・バブル崩壊やリーマン・ショックをはるかに上回る。そして、1720年の南海バブル、1920年代 の共和党バブルに匹敵する、“中央銀行バブル”の崩壊プロセスは始まっている。
この規模のバブルの崩壊に最 も近い衝撃は、近年では89年の日本のバブル崩壊ぐらいだろう。 だから、これまでのパターンを越えた警戒が必要だ。言い換えれば、今の世界が直面しているサイクルは通常 の8年周期ではなく、もっと大きい、いわば「ビックピクチャー」の転換点であると考えるのが妥当。これは以前、時 事通信社の「金融財政ビジネス」(2012年2月6日号)で紹介した「4thターニング」という英米の覇権国家 のサイクル論が参考になる。
この理論をごく簡単に説明すると、米英の歴史は人間の一生に匹敵する80年程度のサイクルで大きな転 換があり、一つのサイクルには四つのコーナー(ターニング)があって、それぞれをつなぐ20年前後のトレンドが 生まれるというもの。
特に周期の最後の4thターニング期には、過去の80年で積み上げられた常識が崩れ、社 会の動乱を伴いながら新時代の模索が行われるという。 トランプの登場は、第2世界大戦という前回の4thターニングからちょうど80年であり、米国の歴史ではその前 の4thターニングが南北戦争(1861~65)、さらにその前は独立戦争(1775~85)だ。日本も黒船から 明治維新、そこから太平洋戦争まではおおむね同じサイクルになっている。
このような変動期、実体経済の規模に対し、デフレ期に中央銀行が生み出した多過ぎるマネーが、予想で きないトランプ政権でどう暴れだすか。株は上昇だけではない。個人的には、現在、国内総生産(GDP) 比120%程度の株式時価総額が、年内に70%程度まで減少する下落を想定している。
万が一にも、1937 年のように、大恐慌からいったん回復したものの、油断した金融市場の混乱によって挫折(米連邦準備制度 =FED=による速すぎた利上げが原因とされる)し、結果的に第2次世界大戦のような不幸に結びつくの は避けてほしい。ただし、あらゆる事態に備えることが必要であり、平時には有力な輸出産業だった農業が、最 も重要な国防産業になるかもしれない。
時事通信社 AGRIO 0143号(2017/01/24)より
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